息子の為の金融論45~株式投資のリターンの源泉 経済成長2
スポンサーリンク

経済成長がリターンの源泉である

経済成長に不可欠なこと

前回は「経済成長は不可欠であること」を説明しました。

  • 人間は工夫する存在ゆえ、生産効率は上昇する
  • 生産効率は人手がいらなくなることも意味する
  • 生産量が一定であるなら職を求める「椅子取りゲーム」に
  • 経済成長(生産量増加)によって「椅子を増やす」ことは不可欠

今回は「経済成長に不可欠なこと」を説明します。以下が骨子となります。

  • 経済成長は「自然には」起きない
  • まずは社会にお金が行き渡ることが必要
  • お金が行き渡る為には2%程度の継続的なインフレが必要
  • 日本の官僚/政治家/学者/マスコミ/経済界は全て間違っている

経済成長は自然には起きない

人間は、特に資本主義の競争社会では、不断に工夫をして生産性を上げるものだと、説明しました。しかし、生産性が上がる⇒経済が成長する、との因果関係は常に成立するものではありません。

日本人は、「皆が競争して頑張るから」経済成長が起きると、何となく考えている人が多いです。結果、日本が経済成長していないのは「日本人が怠けて頑張ってないから」と、自虐的に言う人が多いです。

しかし、その(自虐的な)考えには、経済は供給と需要の二つの側面があることが、抜けています。

生産性の話は、供給側(モノを造って売る側)の話です。モノは造っただけでは終わりませんね。そうです、売らなければ意味ないのです。そして売るには(当たり前ですが)買う人が必要です。

需要側とは、その買う人々のことです。もっと言えば「買う人の懐事情」です。その懐事情が悪ければ、いくら作っても売れませんね。結局は値下げに追い込まれます。

日本人は、この需要側(買う人々の懐事情)をとても軽視します。節約を美徳とする国民性が災いしているのでしょうか。

しかし、この需要側がしっかりしていないと、つまり懐事情が潤沢でないと、モノは売れないのです。モノが売れないと、生産性上昇のため「いらなくなった人手」分、仕事(椅子)は減るのです。はい、陰惨な椅子取りゲームの始まりです。テーマ曲は「葬送行進曲」でしょうか。

モノを造る側だけを重要視するのは間違いです。モノを買う側も同程度に重要です。モノを造る側が生産者の視点だとしたら、買う側は個人(或いは家族の)の視線です。

モノ造りが巧みでも経済は自動的に成長はしません。経済は自然現象ではないので、そもそも自動的に動いたりするものではないのです。日本人はこの辺の勘違いを正す必要があります。

人々にお金が行き渡ることが必要

いくらモノを造っても、自動的に(或いは自然に)経済が成長するものではないことを説明しました。需要側、人々の懐事情が大事と言いました。

当たり前のようですが、経済が成長するためには人々にお金が行き渡ることが必要なのです。購買力が無いと、いくらモノを造っても無駄なのです。

さてここでお金とはなんでしょう?それは、専門的な言葉ではマネー・ストックのことです。

以下、日本銀行HP「教えて!にちぎん」より引用します。

マネーストックとは、「金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量」のことです。具体的には、一般法人、個人、地方公共団体などの通貨保有主体(金融機関・中央政府を除いた経済主体)が保有する通貨(現金通貨や預金通貨など)の残高を集計しています。

詳しくは、以下投稿を参照してください。

さて、このマネー・ストックですが、以下グラフに注目してください。

2012年からの推移です。2012年1月のマネーストックを1として、その後何倍まで増えたかを、グラフ化しています。2020年9月末では、日本は1.4倍に増えていますが、アメリカは1.9倍です。グラフにはありませんが、同期間では中国は2.8倍、韓国でも約2倍に増えています。

日本だけが伸びが著しく低いのです。おそらく世界最低です。

さて、このマネー・ストックですが、これも「自然に増える」のでしょうか?

全く違います。マネー・ストックの伸びは、中央銀行の金融政策で基本的に決まるのです。

世界各国の中央銀行はその様にオペレーションしています。ただ、一国だけ例外がありました。アベノミクス以前の日本銀行です。彼らは「日本銀行に(マネー・ストックの)責任は無い」と言い続けていたのです。

さて、「お金を行き渡らせる」為に、中央銀行はどの様なオペレーションをするのでしょう。

それが「インフレ目標政策」です。以下については、次回説明します。

  • お金が行き渡る為には2%程度の継続的なインフレが必要
  • 日本の官僚/政治家/学者/マスコミ/経済界は全て間違っている
スポンサーリンク
おすすめの記事