
中学生の子供にも金融・経済が教えられるようになったようです。
しかし話を聞くと、授業の内容が「トンデモ」なことに驚かされます。
「日本は(財政)破綻する」とか、「円安で国が貧乏になる」とか、めちゃくちゃです。
そもそも、実社会(経済活動)の経験がなく、金融の実務などは全く知らない先生に教えさせるのが無理筋でしょう。
しかし、このまま子供が「間違った経済知識」を身に着けてしまうのは問題なので、私は家で矯正をすることにしています。
私が気づいたのは、社会の先生の「誤った経済知識」の根源はお金に対する誤解にある、ということです。社会の先生だけでなく、多くの日本人も誤解しているのだと思います。
そこで今回は、「日本人はどの様に誤解しているのか」を説明し、子供にお金の本当の機能を理解してもらう、3つの話を紹介したいと思います。
Contents
お金に関する大いなる誤解
金融に詳しくない人は(実は多くの経済学者も含まれます!)お金そのものに価値があるという無意識の思い込みがあります。
「お金は紙」という人でも、その「紙の裏付け」として、金銀財宝が銀行や日銀の金庫に蓄えてあるというイメージを持っています。これは、お金そのものに価値があると、間接的に考えているのです。
この考えは根強く、財政出動は「国民の預金の総額が上限になる」とか、国の借金は「国民の貯蓄が潤沢に無いとできない」とか、「日本は高齢化社会なので貯蓄が使われ国の財政は悪化する一方」などの妄言に繋がります。
「金本位制」という、もはや捨て去られた、ある意味解り易い過去の制度が未だ続いていると、無自覚に思い込んでいるのでしょうか。この点につき掘り下げた、以下投稿も参照してください。
真実は、お金はデータ、です。金銀財宝の裏付けなどありません。
この「お金というデータを発生させる機関」が「日銀を中心とする銀行団」です。彼らがコンピューターに数字を打ち込むことで、お金が発生するのです。これは理論ではありません。実務で行われている事実です。
面白い動画を紹介しましょう。
バーナンキ(*)の発言です。記者から「税金で金融緩和をしたの」と聞かれて「ただコンピュータに打ち込んだだけさ」と答えています。
(*)元FRB議長、リーマンショック後のアメリカ経済を金融緩和により立て直した
私は、この事実を日本の経済学者は理解していない、と思っています。実際、経済学者と話をしたことがありますが、金融の実務を知らないので、お金を観念的にしか理解していません。車を運転したことが無い人が、ドライビング・テクニックに講釈を垂れる感じです。
まず、この誤解を解く必要があります。無意識の洗脳から脱出する必要があります。
さて、お金はデータということを理解したとしましょう。それではこのデータは何のためでしょう?
それは、一つには、需要と共有を繋ぐクーポン、もう一つには、債務の記録、です。
以下、例え話などを使って、説明しましょう。
お金はクーポン
お金は買い手と売り手を繋ぐ媒体です。
経済学的にいうと、需要と供給を一致させるためのクーポンの様なものです。
クーポンが無ければ、モノ・サービスの売り手(供給側)は買い手を見つけることができません。
このクーポン無しには、買い手(需要側)は売り手からモノ・サービスを得ることができません。
この事実を理解するために、二つのエピソードを紹介しましょう。
一つは、ポール・クルーグマンによる「子守協同組合」、
もう一つは、ステファニー・ケルトンによる「ウォーレンの名刺」、です。
クルーグマンによる子守協同組合のエピソード
アメリカの経済学者ポール・クルーグマンが、巧みにお金の本質を説明したエピソードです。
日本の経済学者では珍しく、古くから正しい処方箋を与えてくださる田中秀臣先生のブログから引用します。
https://tanakahidetomi.hatenablog.com/entry/2018/03/20/234041
日本の20年にも及ぶ長期停滞はなぜ生じたのだろうか。そして長期停滞から脱出するためにはどうしたらいいだろうか。この難問をきわめて単純な比喩で説明したのが、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)の「子守協同組合」モデルだ。クルーグマンの話は子どものいる夫婦が何百人か集まって、自分たちが用事(夫婦のデートや買い物や緊急の用などなど)があるときに一晩子どもを他の家族が面倒をみるという「協同組合」を立ち上げたというものだ。これは現実のエピソードをもとにしている。
この子守協同組合のユニークな点はクーポンを組合員に配り、子守をしてもらう人が子守をする人にクーポンを手渡すというシステムを開発したことにある。このクーポンのおかげで外出することが多いときにクーポンを多く使い、他方で外出することが少ない時期には少しクーポンを多く貯めるために子守をすることが可能になった。
ところがこのクーポンシステムはうまくいかなくなってしまう。組合員の多くがよりクーポンを増やしたいと思うようになり、クーポンを使う人たちをはるかに上回ってしまったのである。そして子守協同組合の活動は「停滞」してしまった。
この状況は簡単に経済の話題に読み替えることができる。クーポンをより多く持ちたいと願った人は、実は老後が不安でより多く貯蓄している人や、経済の先行きが不透明なので消費を手控えている人とまったく同じだ。彼らも将来の必要に備えて現在の消費を控え、せっせと現金を手元にためこんでいるといえる。その反対にクーポンをより多く使いたい人は、一種の子育てに投資をしている人とも考えられる。同じように、経済全体をかんがえてみると、それは投資をする人よりも貯蓄をする人がはるかに上回ってしまうために経済が停滞していると言い換えることができるだろう。
では、子守協同組合が停滞から抜け出す方法はあるだろうか。答えは簡単だ。クーポンの配布量を増やせばよい。組合員カップルは手持ちのクーポンの数が増えたのでこれで溜め込もうとする動機が緩和して、以前よりも外出してクーポンを利用するようになる。子守協同組合は「停滞」から抜け出ることに成功した。これは現実の経済では貨幣の流通量を増やして、人々が貯蓄を減少させ投資を増加させることと同じである。
クーポン(お金)が不足することで、子守協同組合が停滞してしまった事実はわかりやすいですね。需要と供給を繋ぐお金の役割が良く理解できる事例だと思います。
この事例では、お金(クーポン)そのものに、金銀財宝的な価値は全くないことを、確認してください。
ウォーレン・モズラーによる「ウォーレンの名刺」の逸話
MMTの主導者的役割の経済学者、ステファニー・ケルトン氏による逸話です。尚、ケルトン氏によると、「この物語は、ウォーレン・モスラーから聞いた話である」との注釈があります。モスラー氏とは、同じくMMTを主導するファンド・マネージャーで金融の実務家です。
小川 匡則氏による解説から引用します。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66073
「ウォーレンには2人の子供がいました。そして彼らに対して『家事を手伝いなさい。手伝ったら、報酬として私の名刺をあげよう』と言いました。例えば皿洗いをしたら3枚、芝刈りをしたら20枚、といった具合に内容に応じて名刺を渡します。
しかし、数週間経っても子供たちは手伝いを全くやらなかった。ウォーレンが『どうしたんだ?お金を払うと言っているんだぞ』と言うと、『パパの名刺なんかいらないよ』と返されてしまった。そこでウォーレンはあることを思い立ちました。そして、『この美しい庭園のある家に住み続けたいのであれば、月末に名刺30枚を自分に提出せよ』と義務化したんです」
すると、子供たちはそこから急激に手伝いをするようになった。
いったい、なぜか。
「なぜなら名刺を集めないと自分たちが生きていけないことを認識したからです。そこでウォーレンは気づきました。『近代的な貨幣制度ってこういうことなんだ』と。つまり、もし彼が子供に国家における税金と同じものを強要できるのであれば、この何の価値もない名刺に価値をもたらすことができる。そして、彼らはその名刺を稼ごうと努力するようになるのです。
もちろん、ウォーレンは名刺を好きなだけ印刷することができる。しかし、子供達が来月も手伝うために名刺を回収すること(=提出を義務づけること)が必要だったんです」
これこそが「信用貨幣論」。つまり、お金は限られた量が回っているのではなく、信用によって増やせる。そして、その貨幣の信用を担保するものこそが「税金」というわけだ。
このエピソードは、ただの紙であるクーポン(この場合名刺)が「どの様に価値を持つのか」を巧みに説明しています。租税義務という国家強制力が根源ということですね。獲得したクーポン(名刺)によって義務が果たせるならば、人々はそのクーポンを価値あるものと看做すということです。
クーポン(名刺)に金銀財宝の裏付けなど全く必要ないことを確認してください。敢えて言えば国家のもつ「暴力」(強制力)が裏付けでしょうか。逆に、この強制力さえあれば、国家が刷る名刺(クーポン=お金)に上限はありません。
また、国家が先に名刺を刷る(お金を創生する)必要があることにも、注意してください。すなわち、国家は先に支出を行い、その後回収(徴税)するのです。国家の支出の財源は税収(課税)であるという常識的な理解は誤りで、真実は逆なのです。
お金は債務の記録~ヤップ島の石のお金
「子守協同組合」「ウォーレンの名刺」のエピソードから、お金そのものに価値はない(いらない)ことが理解されましたでしょうか。
「子守協同組合」からは、需要と供給を一致させるクーポンとしての性質、「ウォーレンの名刺」からは、ただの紙(名刺)が人々に自発的に使われるための裏打ち(国家権力)、を読み取っていただければ十分です。徐々にお金に対するイメージが変わったのではないでしょうか。
次にお金をもう少し別の視点から見てみましょう。債務の記録(証書)としてのお金です。
ヤップ島という島がありま
す。グアムとパラオの中間に位置する群島です。その島では「フェイ」と呼ばれる石のお金(石貨)が使われてきました。大きいのは3メートル(!)程のものもある、真ん中に穴の空いた丸い石です。よく漫画などに出てくる、原始時代のお金そのものです。
フェイはとても重いので運ばれて使うことはありません。路上に置いたまま(時には海中に沈んだまま)「使われる」のです。「使われ方」は、取引がある度に石貨そのものに、或いは別の台帳に、その取引記録を刻んでいく(記帳する)のです。例えば土地の売買があったとき、Aさん(買い手)からBさん(売り手)に、フェイ(お金)の持ち主が変わったことを刻むのです。次にBさん(今度は買い手)がCさんから(例えば)高価な服を買ったなら、Cに変わったことを刻む。この記録を繰り返すことで、お金として使われるのです。
債務を信用できる(皆が閲覧する)石に刻むことで、モノ・サービスを買うことができるのです。売り手は、記帳されたことを確認することで、将来同等の見返りを確信して、モノ・サービスを与えるのです。
まさに信用貨幣(この場合石ですが)そのものです。
私の様に、企業会計に携わるものは、約束手形や期日現金(買掛金)との類似性から、お金としてのフェイの使われ方は、すっと頭に入ってきます。
しかし日本の経済学者の理解は鈍いですね。頑なに否定する人もいます。驚くかもしれませんが、経済学者になるために会計の知識は必ずしも必要ないみたいです。簿記ぐらい必須にすれば良いのにね。そうすれば、頓珍漢な「ケーザイガクシャ」の数が減るのに。。。
お金に対する誤った理解(思い込み)を打ち消そう
「子守クーポン」「名刺」「石」のエピソードはいかがでしたでしょうか。
いずれも金銀財宝など全く関係なかったですよね。
需給を繋げる機能、強制力が与える流通性、債務の記録から展開する信用創造、こういったものがお金の本質であることを、少しでも理解いただけたら嬉しいです。
未だ納得いかないですか。お金を「使ったら減ってしまう金銀財宝の様なもの」というイメージから抜けられないですか。
その場合、なぜ貴方がそう思うか、合理的な理由を探してみてください。結果は「理由は見つからない」になります。だって、ただの思い込みですから。
この思い込みから脱出できれば、国の財政政策や税金の役割など、正しい経済理解へぐっと近づきます。これ以上、古くからの権力に擦り寄る曲学阿世(日本の有名大学の経済学者に多い)に騙されるのは止めましょう。
最後に、ジョン・メイナード・ケインズの名言を付記します。
- この世で一番むずかしいのは新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ。
The most difficult one accepts a new idea in this world, but it’s to forget an old idea. - 現在の為政者や知識人は、すべて過去の知識人や過去の思考の奴隷なのだ。
The present rulers and intellectuals are an intellectual in the past and a slave of thought in the past completely.