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マネー・ストックとマネタリー・ベース
「お金はどのように生じるのか」「お金はどの様に誤解されているか」「お金が少ないと社会はどうなってしまうのか」について説明してきました。
- お金は借金(銀行から見れば貸出)から生まれること
- お金には何か金銀財宝の様な「裏付け」があると誤解されていること
- お金が少ないと社会は不活性(不況)になってしまうこと
が説明の骨子です。理解頂けましたでしょうか。
さて、今回は「お金」の専門的定義を解説します。通常の金融論のテキストでは、まずこの定義の説明から入りますが、それでは最初から???となるので、このブログでは敢えて(説明の)順序を変えています。
マネー・ストック ~ 流通する生きているお金
日本銀行による定義
このブログで今まで説明したきた「お金」は専門的定義ではマネー・ストックのことです。以下、日本銀行HP「教えて!にちぎん」より引用。
マネーストックとは、「金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量」のことです。具体的には、一般法人、個人、地方公共団体などの通貨保有主体(金融機関・中央政府を除いた経済主体)が保有する通貨(現金通貨や預金通貨など)の残高を集計しています。
やや詳しくは、同じく日本銀行のFAQに以下の説明があります。
マネーストック統計には、通貨の範囲に応じてM1、M2、M3、広義流動性の4つの指標があります。これらの指標の定義は、次の通りです。
M1=現金通貨+預金通貨(預金通貨の発行者は、全預金取扱機関)
現金通貨=日本銀行券発行高+貨幣流通高
預金通貨=要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備)-調査対象金融機関保有小切手・手形M2=現金通貨+預金通貨+準通貨+CD(預金通貨、準通貨、CDの発行者は、国内銀行等<マネーサプライ統計のM2+CD対象預金取扱機関と一致>)
M3=現金通貨+預金通貨+準通貨+CD(預金通貨、準通貨、CDの発行者は、全預金取扱機関)
広義流動性=M3+金銭の信託+投資信託+金融債+銀行発行普通社債+金融機関発行CP+国債+外債
上記は、いずれについても、居住者のうち、一般法人、個人、地方公共団体などの保有分が対象。
マネー・ストックとは民間で実際に使われているお金の残高
日銀の説明にあるとおり、マネー・ストックとは、金融機関を除く民間部門で保有されている現金と預金の合計です。
「お金はどのように生じるのか」で説明した通り、民間経済主体、特に企業は好況の際には借入を活発化するので(銀行から見れば貸出しが増える)このストックは増えます。逆に不況の際は借入金を返しますので、ストックが減るのです。
2020年9月末現在、日本のマネー・ストック額は約1,120兆円です(M2ベース)。2010年では780兆円程度でした。
日本は不況なのに増えているではないか、と思うかもしれません。確かに増えていますが、日本の問題はその増え方が著しく少ないことにあります。アメリカと比較してみましょう。
2012年からの推移です。2012年1月のマネーストックを1として、その後何倍まで増えたかを、グラフ化しています。2020年9月末では、日本は1.4倍に増えていますが、アメリカは1.9倍です。グラフにはありませんが、同期間では中国は2.8倍、韓国でも約2倍に増えています。
日本だけが伸びが著しく低いのです。おそらく世界最低です。
マネー・ストックが増えないということ
日本のマネー・ストックが増えていないことは、日本経済が成長していない事実と整合的です。繰り返しになりますが、経済成長期には企業は借入を活発化させ、銀行の信用創造によりマネー・ストックは増えるからです。
加えて、日本が長期間デフレ(ディスインフレ含む)状態であることとも、整合的です。通常のインフレ状態であれば、一定の財を購入するのに必要なお金は増えていきます。例えば一万円で購入できていた洋服が、インフレで1万1千円に値上がりしたことを考えてください。同じ服を買うのに1千円分追加のお金が必要になりますね。このようにインフレ期には、同じ財を購入するのに必要なお金の量が増えていくのです。当然ながら、マネーストックもペースを合わせて増えていくのです。
さて、ここで疑問が湧いたのではないでしょうか。
日本は異次元緩和でお金をジャブジャブに供給したのではなかったのか?
そのジャブジャブのお金はどこに消えたのか?
マネタリー・ベース ~ お金の卵
日本銀行は日銀当座預金を増やしている
異次元緩和でお金をジャブジャブに供給しているのは(もちろん)日本銀行です。
但し、日銀は「マネー・ストック」に直接お金を供給していません。日銀は「マネタリー・ベース」と呼ばれる「お金(の卵)」をジャブジャブ供給しているのです。
「マネタリー・ベース」について、再び日銀の説明を見ましょう。日本銀行HP「教えて!にちぎん」より引用。
マネタリーベースとは、「日本銀行が世の中に直接的に供給するお金」のことです。具体的には、市中に出回っているお金である流通現金(「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」)と日本銀行当座預金(日銀当座預金)の合計値です。
マネタリーベース=「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」
この中で、具体的にジャブジャブにしている項目は「日銀当座預金」です。日銀は民間金融機関から国債を買い上げ、その代金を民間銀行が日本銀行に開設する預金口座(日銀当座預金)に振り込むことで、日銀当座預金を増やしているのです。
それではどれだけ増やしてきたかは、以下グラフを参照ください。
上は、2009年1月現在のマネタリー・ベースを1として、その後何倍まで増えたかをグラフ化したものです。異次元緩和を開始した2013年4月から急速に増えているのがわかります。
具体的な金額でいうと、2019年1月のマネタリー・ベースは約94兆、2020年9月には約587兆にまで増えています。
マネタリー・ベースとマネー・ストックの関係
マネタリー・ベースは現金を除けば「銀行が保有する預金残高」です。一方、マネー・ストックは「非金融部門が保有する預金残高」です。銀行部門にお金が留まっている限り、社会で活用、流通する「生きたお金」にはなりません。
一方、マネタリー・ベースが十分供給されていないと、マネー・ストックは増えません。その意味で、私はマネタリー・ベースを「お金の卵」と呼びます。
数学的には、マネタリー・ベースの十分な供給はマネー・ストック増大の「必要条件」である、と言えましょう。但し、「十分条件」ではないのです。
では何が揃うと「必要十分」になるのでしょう?それは企業の「資金需要」です。十分なマネタリー・ベースと企業の資金需要が合わさって、マネー・ストックの増大に繋がるのです。
それでは企業の資金需要は何に依存するか?それは「景気動向」です。経済が成長するという、見通し(期待)です。
アベノミクスの盛衰
その意味で、アベノミクスの初期はその期待醸成に成功していました。「インフレ目標の明示的採用」と「異次元のマネタリー・ベースの拡大」によって、人々は日本の経済成長に(久々に)目を向けたのです。
資産市場は顕著な反応を示しました。株価は大幅に上昇し、円安が進みました。インフレによって現金の価値が棄損することを人々が予想した、当然の帰結です(クルーグマンの「子守協同組合」を思いでしてください)。
経済も好転しました。まず、雇用関連の指標が改善しました(標準の経済学が予想する通りのことが起きました)。民間経済も徐々に活発化してきました。このまま行けば、企業の資金需要が高まり、信用創造の(正の)連鎖が始まる筈でした。
しかし安倍政権は「逆噴射」を始めるのです。2014年4月、8%への増税を強行しました。異次元緩和開始からわずか一年後です。
これでは折角マネタリー・ベースを増やしても、人々の「予想」は見事に裏切られ、信用創造の正の連鎖は起きようがありません。
御用学者は「増税の影響は無い」など大本営発表を繰り返しましたが、実際に経済活動を行う人々の予想は正直です。インフレ期待は剥げ、順調に見えたアベノミクスの頭が抑えられました。
その後10%への増税は流石に延期され、アベノミクスは中途半端なダラダラした状態が続きました。しかし「いつか増税されるだろう」という予想は人々に根強く、実態経済は活性化とはほど遠い状況が続きます。
その中で昨年10月に10%への増税が成され、消費は致命的なダメージを受けます。年が明けると想像もできなかったコロナ禍に見舞われ、現在に至っています。
つまり、アベノミクスは金融緩和という「必要条件」は稼働させたのに、増税による期待剥落で「必要十分」に至らなかったのです。
経済状況がこの様に悪化すると、もはや民間による自律的な「正の連鎖」は不可能です。
政府による「借金」が最後の砦です。そう、財政政策の出番です。