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株式投資と債券投資は逆の性質を持つ
企業の信用リスクへの投資としての、債券投資について説明してきました。
信用リスクの判断基準として、格付け機関の評価を参照とすることは合理的ですが、もう少し踏み込んで(自分で判断できるよう)会社の財務諸表の見方について、解説しました。
その中で、株式投資家は効率性(収益性)、債券投資家は安全性を重要視することを強調しました。
この様に、株式投資と債券投資には対称性があります。株式と債券(負債)では、会社に対する持分(所有権)について、大きな違いがあるからです。以下説明していきます。
企業価値増減と株式、債券(負債)の関係
会社の価値が上昇するケース
会社が順調に利益を上げ、株価(企業価値)が上昇していくケースです。
株式の価値は、企業価値と全く同じに上昇します。当たり前ですね。株式は企業の所有権そのものですから。
一方、債券(負債)の価値は企業価値の上昇とは無関係に一定です。債券は、一定の率の利払いと元本の返済を証する証券ですので、当然そうなります。
この意味では、債券は会社に投資していることにはなりますが、所有しているとは言えません。当たり前の様に思えますが、改めて強調しておきます。
会社の価値が減少するケース
会社が利益成長を果たせず、株価が継続的に下落するケースです。
株式の価値は企業価値と同じく低下します。企業価値=負債価値の時点でゼロになります。
負債価値は企業価値の低下とは無関係に一定です。但し、負債価値(額面)を割り込む段階まで企業価値が低下すると(左図時点t)価値の棄損が始まります。ここまで価値が低下した会社は債務超過の状態といわれ、倒産寸前の状態となります。
株式は企業価値に対する「ロング・ポジション」
上で説明した企業価値と株式、負債の価値の関係について、別の角度で見てみましょう。
企業価値と株式価値の関係をダイレクトに図にしてみました。
企業価値が負債額面に達するまで、株式価値はゼロです。一旦負債額面を上回ると、株式価値は企業価値にパラレルに上昇します。
株主は、株を購入することで、負債額面を超える企業価値を受け取る権利を保有した、と言うことができます。
難しく言いましたが、株を買えばその後の企業価値の増加分(つまり値上がり益)を(株を売ることで)獲得するチャンスを得た、ということです。もちろん、企業価値が低下した場合はその限りにありませんが、その場合は売る必要もまたありません。
さて、金融の世界では「オプション取引」と呼ばれるものがあります。その一つに「コール・オプション」があり、商品を将来ある一定価格で買う権利を売買する取引です。
このオプションで考えると、株式とは負債額面価格で企業価値を買う権利、と解釈することができます。株式を買うとは、この権利(コール・オプション)を買うことです。企業価値が負債額面を上回った場合、権利を行使して(額面で企業価値を買って)時価との差額を享受することができるのです。
株式を買うとは、企業価値に対するコール・オプションの買い(ロング)に等しいのです。
負債は企業価値に対する「ショート・ポジション」
負債価値と株式価値の関係をダイレクトに図にしてみました。
負債額面をマックスとして、それ以上に企業価値が上昇しても一定の価値しか持ちません。逆に言えば、企業価値が負債額を下回った分、損失を被るポジションです。そのリスクの見返りとして、利息を受け取っているとも解釈できます。
こういった負債は、企業価値に対してどのようなポジションにあると言えるのでしょう?
株式は解りやすく、「ロング(買い)」ポジションでしたね。
さて、企業価値が額面を下回った場合、負債保有者(債権者)は額面と企業価値の差額の損を引き受けるのでした。
このことは、債権者は負債額面で企業価値を買う義務を負っている(ポジション)と解釈することができます。負債額面が100億円としましょう。企業価値が70億円と額面を下回った場合でも、債権者は額面100億円で企業価値を買わなくてはならず、時価(70億円)との差額30億円の損を被るのです。
先ほどのオプションでこれを説明してみましょう。
商品を一定の価格で買う権利が「コール・オプション」でしたね。逆に、商品を一定の価格で売る権利を「プット・オプション」と言います。さて、オプションは「売買」されますので、当然「売り」のポジションもあります。売りのポジションは買いの真逆で、「権利」ではなく「義務」を負うポジションとなります。ここでプット・オプションの売りを考えると、それは「商品を一定の価格で買う義務」となります。
そうです。負債保有者(債権者)は負債額面価格で企業価値を買う義務を負っている、つまりプット・オプションの売り(ショート)のポジションにあるのです。
オプションは売ることでプレミアムを得ることができます。このプレミアムが利息と解しても良いでしょう。企業価値が負債額面を下回るリスクを取る見返りです。
同じ投資(資金拠出)でも、企業価値に対して株式投資はロング・ポジション、債券投資はショート・ポジションとなるのです。
債券投資は株式と異なり会社を所有していることにならない、と冒頭説明しましたが、所有(ロング)どころか、売り(ショート)のポジションなのです。
株式と債券では本質的な差があることを、ご理解いただけましたでしょうか。