
株価=EPS x PER
前回の復習です。株価は二つの要素に分解できましたね。$$株価=EPS \times PER$$
そして、PERは以下で決まるのでした。
$$PER=\frac{1}{r-g}$$
ここで、gは利益成長率、そしてrが資本コストでした。
EPSは一株当たり利益、gは利益成長率ですが、r資本コストは利益とは(直接に)関係しない指標です。すなわち、株価は利益だけでは決まりません。資本コスト、投資家から見れば株主投資に際し必要な要求利回り、に決定的な影響を受けるのです。
資本コストを下げるには
資本コストの大小で、同じような利益水準(そして成長率)の会社でも株価に違いが出ます。それでは、資本コストを下げる(株価上昇に繋がる)にはどうするばよいのでしょうか?
資本コストの意味を思い出しましょう。
CAPMからの直接の洞察
CAPMからストレートに言えることは、市場全体の動きに比して、株価の変動性が小さい会社ほどベータが小さく、すなわち資本コストが低くなるということです。
株式市場全体はマクロ的なシステマティック・リスクに影響されますので、その影響を受けにくい、つまり、いかなる環境であろうと必要される技術や商品を開発できている会社の資本コストは低くなる傾向にあるのです。
日本の会社は、最近は変わってきましたが、何でも自社にとりこむ「総合化」が大好きでした。しかし、総合化を進めれば進めるほど独自性は失われていきます。「ミニ日本」みたいな会社となり、投資家にとって見るとポートフォリオに入れる価値が薄くなるのです(資本コストが高くなる)。
かっての総合商社は「ラーメンからミサイルまで」と、それこそ「日本経済の縮図」のようなビジネス・ポートフォリオを競っていました(最近は変わってきています)。その当時の商社はPERの低さに悩んでいたものです(せいぜい6倍程度)。外国人株主からは、ポートフォリオを構成するのに総合商社(の株)は不要と言われたものです。「総合商社自らがビジネスポートフォリオを形成しているので、自分が構成するファンドのノイズになる」ということでしょう。総合化が資本コストを上昇させる典型例です。
自らが得意とする分野にある程度特化し資本コストを引き下げる、このことがCAPMから直接得られる一つの洞察です。
CAPMを補完する形で得られる洞察
CAPMは理論的に完成しており、そこから深い洞察が得られる優れたモデルです。実際、実務家にも基本的には支持されており、M&Aの企業評価でもベータが用いられます。
但し、CAPMの前提のいくつかは(少なくとも今現在では)非現実なものであり、実務に適用するに際して修正が必要になることもまた事実です。個人的には、次の前提が一番非現実で、修正が必要と考えています。
前提:会社と投資家の間に情報の非対称性は無く、また全ての投資家は(会社についての)同質の情報を得ることが可能である
難しく書いていますが、要は会社内部の情報が投資家に完全に公表されていて、その情報また全ての投資家に共有されている、ということです。
非現実と言いましたが、企業情報開示の流れはこのCAPMの前提を完全に支持する方向で動いています。昔と比べると開示内容は格段に充実していますし、投資家への開示方法はWEBなど進化しています。
しかしそれでも十分ではありません。そこで補完する方法としてIR(Investor Relations*)が重要になるのです。IRを通じて投資家は会社の内容をより深く理解できますし、またIR活動を広げることでより多くの投資家が会社情報にアクセスできるようになるのです。
(*) IRとはInvestor Relationsの略語で、企業が投資家や株主に対して、経営の状態や財務状況などの情報を発信する活動を指す
IRを充実している会社は、CAPMの前提をより現実化していると言えます。IRが無ければ拭えなかった資本コストのノイズを、ある程度消去することに奏功するのです。「会社がよくわからない」ことから生じるディスカウントを減殺し、投資家の厚みを広げることから円滑な株価形成を促すのです。
IR活動は資本コストを低減させることで、ダイレクトに株価上昇に貢献するのです。
日本企業の資本コストに対する意識は低い
株価を考えるうえで、資本コストは会社の儲けと同じレベルの重要性を持ちます。
しかし日本企業が資本コストを意識し始めたのはつい最近のことです。
思えばバブルの時代、資本は金利を払わなくてよい「ただのお金」と皆が思っていました。「財テク」がもてはやされ、増資(転換社債が多かったですが)をしてそのお金を定期預金で運用する(!)ことを財務部門が業務としておこなったものです。株主から見れば資本コストの垂れ流しですよね。でも誰も止めなかった。。。
結果は、株価が下落するかたちで資本コストが露呈しました(値上がり期待が出る水準まで値段が下がったということ)。そしてその傷跡が長く日本企業を痛め続けることになります。
今でもそうですが、日本企業は営業・製造部門の力が強い会社が多いです。IRなどは「間接部門」とされ、コストセンターと揶揄されることも少なくないです。私(財務担当者)も、昔の話ですが、営業部門から「誰のお陰で飯をくわせてもらっているか分かっているのか」と言われたことがあります。
しかし営業部門がキャッシュフローを生み出すのだとしたら、財務経理IR部隊はその割引率(資本コスト)をコントロールするのです。株価にとって同じレベルの重要性を持つのです。「誰のお陰で・・・」発言はただの思い上がり発言です。しかしこういう人は日本にはまだ少なくない。。。
企業財務は日本では未だ理解が広まっていない領域だと思います。逆に言えば、正確な理解を得れば少数派として希少価値が生まれる分野でもあります。学生の方々は是非興味をもって勉強して欲しいし、新しい社会人も是非チャレンジしてもらいたい(お得な?)キャリアですよ。