経済学の十大原理 4
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【マンキューの十大原理】

1.人々はトレードオフに直面している

2.あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である

3.合理的な人々は限界原理に基づいて考える

4.人々は様々なインセンティブに反応する

5.交易(取引)は全ての人をより豊かにする

6.通常、市場は経済活動を組織する良策である

7.政府が市場のもたらす成果を改善できることもある

8.一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している

9.政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する

10.社会は、インフレと失業の短期的トレードオフに直面している

人々はどのように影響し合うのか ①

十大原理の5~7「人々はどのように影響し合うのか」、今回は5について説明します。

交易(取引)は全ての人をより豊かにする

「交易(取引)は全ての人をより豊かにする」って、当たり前と思いますか?
そうだとしたら、貴方は経済学的な考え方ができる方です。

でも、私の経験では、大多数の方はこう思っていません。
大多数の方は、「取引ではどちらか一方が得をする(他方は損をする)」と思っています。

日常的にも「取引で買った、負けた」とか言いますよね。

また経済新聞でも「貿易戦争の勝者」などという表現が当たり前に出てきます。

しかし経済学は(取引によって)「全ての人」がより豊かになることを合理的に説明します。

経済学的思考とは

マンキューの十大原理は全て「経済学的思考」のエッセンスですが、特に原理5「交易」に顕著にその特徴が表れています。
そこでここで「経済学的思考」と「反経済学的思考」について纏めておきたいと思います。

立命館大学の松尾 匡教授によれば、「経済学」を受け付けない人々には特徴的な思考様式があるとのことです(反経済学的思考)。それは以下3つの命題に整理されます;

  1. 操作可能性命題:世の中は、力の強い人々によって操られている
  2. 利害のゼロサム命題:得をする者うの裏には必ず損をする者がいる
  3. 優越性基準命題:人々に重要なことは、他者と比較して優越していることである

経済学的思考は上の逆です;

A.自律運動命題:経済秩序には自律的な運動法則がある(その法則を無視して操作しようとしてもしばしば意図に反した結果がもたらされる)

B.パレート改善命題:取引によって誰もが得をすることができる

C.厚生の独立性命題:他者と比べるのではなく、自らの厚生(幸せ)の絶対水準が重要である

マンキュー原理5は、上記2のことです。重要なのは、反経済学思考2をする人は、思考1、3もするということ、すなわち「反経済学的思考は1~3でセット」ということです。

さて、1~3って良く読んでみると、TVのワイドショー的な感じがしませんか?
感情に訴えて、人々をやたら扇動する考え方。。。

TVに良く出演する評論家達の言説も、この反経済学思考に満ち溢れています。こんどチェックしてみてください。面白いですよ。

経済学は、この感情的な考え方を、クールに論破するのです。

本稿のテーマ「交易(取引)は全ての人をより豊かにする」は、反経済学的思考命題2「得をする者の裏には必ず損をする者がいる」のアンチテーゼですが、経済学は「比較優位の原則」を用いて見事に説明します。以下解説します。

比較優位の原則

お互い「自分として」得意なモノを交換しよう

「比較優位の原則」の骨子は、A国・B国二つの国があるとして、お互い「自分として」得意な生産物に特化して交換(交易)することで、両国共に得することができる、という原則です。

例として、A、Bの2国が自動車と小麦を生産しているケースを考えます。
A国では自動車一台の生産に必要な労働投入量が10、小麦1kgの生産に必要な労働投入量が12です。同様にB国は自動車20、小麦15とします。

この場合、A国は自動車(の生産が比較して)得意、B国は小麦が得意です。得意は「比較優位がある」と経済学では表現します。

A国は自動車、B国は小麦の生産に特化して、それらを交易することで両国共に得をすることができる、と比較優位の原則は教えてくれます。

「あれ、A国は自動車も小麦もB国より生産性が高いよ!B国にさせずに両方ともA国で作った方が良いのでは?」と思いませんでしたか?

違うのです。いくらA国が二つともB国より得意(絶対優位がある)でも、交易した方が得なのです。以下数値例で見てみましょう。

具体的な数字で確認してみよう

以下前提で、まずは特化しない前の両国はどれだけ自動車、小麦の生産が可能か、計算してみましょう;

  • A国:労働投入量600(自動車300、小麦300) ⇒生産量(自動車30台、小麦25kg)
  • B国:労働投入量600(自動車300、小麦300) ⇒生産量(自動車15台、小麦20kg)

次に、A国は自動車に特化(*)、B国は小麦に特化した場合の生産量;

  • A国:労働投入量600(自動車540、小麦60) ⇒生産量(自動車54台、小麦5kg)
  • B国:労働投入量600(自動車0、小麦600) ⇒生産量(自動車0台、小麦40kg)
    (*)小麦の合計産出量45kgを維持するために一部の労働量を小麦に使用

合計の産出量は、特化前(自動車45台、小麦45kg)⇒特化後(自動車54台、小麦45kg)です。

同じ投入量(1,200)なのに自動車の生産量が9台も増えました!A国、B国は各国の必要に応じた割合(自動車と小麦)で交易をすれば、特化前よりも多くの生産量を享受できるのです!

数値で比較優位の原則が確認できました。ここでは触れませんが、比較優位原則に基づき特化した場合に、合計の産出量が増える労働投入量の組み合わせが必ず存在することは、数学的に証明可能です。

A国は自動車、小麦共にB国より生産性が高いのに(絶対優位がある)、B国の労働投入量を活用して生産を行い、その後交易をしたほうが両国合計の経済厚生は高まるのです。

絶対劣位にある国であっても、交易を前提にすれば、必ず輸出する財を見つけることができることに、注目してください。

比較優位の本質は「機会費用」

比較優位の原則は、直感とはやや馴染みにくい結論を生じますが、その本質は「機会費用」にあります。

思い出してください。10大原則2「あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である」で説明しましたね。

機会費用で考えると、ある財を生産するということは他の財の生産を放棄する、ということですね(解りますか?これがすっと理解できれば、貴方は経済学的思考のできる人です)。

上の例で考えると;

  • A国:自動車1台生産する機会費用は小麦約0.8kg、小麦1kgは自動車1.2台
  • B国:自動車1台生産する機会費用は小麦約1.3kg、小麦1kgは自動車0.75台

機会費用が低い組み合わせは、A国の自動車、B国の小麦、です。これはまさに、比較優位があるとして各国が特化した財の組み合わせです。

交易が可能であれば、各国は機会費用が最も少ない生産を実現できる、ということが比較優位の本質です。

交易って、素晴らしいと思いませんか?

「TPP反対論」って昔盛り上がりましたよね。この時の議論を聞いていて思ったことは、反対論者は実に「非経済学的」だな、ということです。

貿易を活発化させることは、比較優位が教えるように、各国の機会費用を減らすことができるのです。これは否定しようのない、頑健なロジックです。

にもかかわらず反対する論者は、ほぼ全て共通して、陰謀論者です。すなわち、交易を通じてアメリカが日本の産業を支配するとか、国際金融資本に支配される、とかです。面白いことに、上で紹介した反経済学思考1「操作可能性命題:世の中は、力の強い人々によって操られている」を忠実に再現しています。

ちなみに私は仕事上ずーと、国際金融資本と言われる代表的な金融機関(米国投資会社)と取引をしていますが、彼らは「支配」など毛頭も考えていないですよ。一度宴席で話題にしたことがありますが、笑って「とてもそんな力ないです、金融力という意味では、日本の金融資産が世界一の規模じゃない。支配されても良いから、その運用を大規模に扱わせてほしい。」と冗談交じりに話していました。

 

さて、経済学的思考は、この比較優位原則を始め、みな数字で正誤が判断できる頑健なロジックを持っています。一方、反経済学思考は、感覚に訴える「文系的」なものです。

日本は「文系的(悪い意味で使っています)言説」の洪水です。数値でロジックを説明しない人を信用するのは止めましょう。日本のインテリと言われる方々の殆どは、大学でろくに勉強をしていない「ヘタレ」です。

若い世代には、済学的思考を鍛えてもらい、このヘタレのウソをビシバシと見抜いて欲しいものです。私のブログが微力でも貢献できれば、との思いで続けています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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