経済学の十大原理
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経済学の「役に立つ考え方」について、自らの備忘も含めて説明していきます。

まずはアメリカの経済学者、グレゴリー・マンキュによる「経済学の10大原理」を列挙し、次に一つ一つ解説します。

マンキューの十大原理

1.人々はトレードオフに直面している

2.あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である

3.合理的な人々は限界原理に基づいて考える

4.人々は様々なインセンティブに反応する

5.交易(取引)は全ての人をより豊かにする

6.通常、市場は経済活動を組織する良策である

7.政府が市場のもたらす成果を改善できることもある

8.一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している

9.政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する

10.社会は、インフレと失業の短期的トレードオフに直面している

人々はどのように意思決定するか

十大原理の1~4は「人々はどのように意思決定するか」に関する原理です。

人々はトレードオフに直面している

トレードオフとは、簡単に言えば「あちらを立てればこちらが立たず」のこと。

私たちは常に「選択の問題」に直面しています。例えばレストランで、予算とカロリーの制限のなか(ダイエット中!)、ハンバーグかパスタにするか選ぶときなどです。ハンバーグを選べばパスタは断念せざるを得ません。この場合、ハンバーグとパスタ(の選択)はトレードオフの関係にあると言います。

この様に小さな「お昼の選択」を始め、大は「職業の選択」「結婚相手の選択」など、人生はトレードオフの連続です。

当たり前のことを言われている気がしますか?しかし、物事を考える際に、どこかにトレードオフの関係が隠れていないかを常に探ることが、経済学的思考の第一歩です。

例えば今回コロナ禍で、一番重要なトレードオフ関係は、「接触機会」と「経済」でしょう。

感染拡大をできるだけ防ごうと接触機会を減らすべく、緊急事態宣言、或いは自粛要請を強めれば、経済は間違いなく縮小します。つまり人々の接触機会と経済はトレードオフの関係にあります。

他にないでしょうか。私は「PCR検査拡大」と「経済」もトレードオフ関係にあると考えています。PCR検査を無暗に(世田谷区が宣言しているような)広げると無症状、擬陽性含めた「感染者」が増えます。「感染者」(事実は陽性者)とその周辺は自粛を迫られますので、その数が増えることは経済の縮小に繋がるのです。

あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である

この原理は経済学で最も重要な概念の一つ、「機会費用(opportunity cost)」について触れたものです。

機会費用とは何か?まず具体例を二つあげましょう。

1.バイト(時給1000円)に行かず昼寝を3時間した;
⇒一番わかりやすい例ですね。昼寝という快楽(経済学では「便益」といいます)を得るための費用は3千円、ということです。昼寝が悪いと言っていませんよ。疲れている場合には「3千円払ってでも」昼寝したいと思うでしょう。でも「家で寝るのはタダだから」は違うということです。まさに「Time Is Money」ということです。

2.企業がある投資プロジェクトを断念して、資金を手元に寝かせた;
①その国の経済全体について4%程度の成長が見込める場合(期待収益率8%)
②その国の経済成長がほぼ見込めない場合(期待収益率3%)
⇒企業は不断に投資行動や生産拡大を行うのが社会的役割です。そういう企業が投資を「行わず」資金を手元に寝かせることは、国民経済的「機会費用」が発生していると考えるべきです。その費用は(投資をすれば得られたであろう)期待収益率と見做すのです。ここで①②の例をあげましたが、明らかに機会費用は①>②となります。
企業にとってみると、経済成長が期待できない国では「投資しないこと」の「機会費用が安い」のです。安いから、投資しないのです。これがこの数十年間の日本企業の姿です。加えて、デフレであれば現金で寝かせると、それだけでプラスが出ます(現金の価値が時間の経過と共に上昇するといいうこと)。もともと安い機会費用に、デフレのプラスが加わりますので、「投資をしない」ことのコストは日本ではずーと低いままなのです。

 

コロナ禍では「接触機会」と「経済」はトレードオフの関係にあると、前回説明しました。
ここでは、「接触機会削減」を目的とした緊急事態宣言や自粛行動の「機会費用」を考え、自粛の「便益」との比較を試みましょう

まず、自粛の「便益」は何でしょう?感染者の縮減数ですかね。
次に、自粛の「機会費用」は、トレードオフ関係にある「経済」の落ち込みでしょうか。GDP20%減少とか。

しかし、感染者の縮減と、GDP落ち込み%では、単位が異なり比較のしようがありません。

物事を比較するには、単位を統一して数値的な大小を比べなくては、意味がありません
そこで、自粛の便益は「感染者縮減に伴う死亡者の減少」、自粛の機会費用は「経済の落ち込みに伴う自殺者の増加」と考えれば、便益と費用の比較ができるようになります。

要は、自粛で何人助かるか、経済の落ち込みでどれだけ自殺者がでるか、この二つを比較する合理的思考が必要ということです。

ここでは詳しくは述べませんが、コロナの死亡率などを考えると、これ以上の自粛要請が経済的コストをカバーできるとは(私は)考えていません。

TVなどで「命か経済か」と二者択一を迫る「専門家」が散見されますが、自粛に伴う機会費用を考える合理的姿勢が求められます(ワイドショーには無理か)。少なくとも視聴者は騙されないように。

 

今回はここまでです。

 

 

 

 

 

 

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